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2018.04.10

期待

昔からよく「期待」される子だった。
「ノロロちゃんは頭良いでしょ」
「ノロロさんならできるでしょ」
点数を公開したわけでもなく、まだ何も披露していない。
私のことなど全く知らないであろうほぼ初対面。
第一印象は必ずと言っていいほど「真面目」「優等生」。
それは今もそこまで変わらず、明らかに初見での期待値が高い。


でも昔とは違い、それが買い被りだと知っている。
「なんだ、この子は見た目ほど優秀ではないのか」
と落ちる瞬間が、過程が、なんとなくわかる。
私は本当に本当に普通の人なんだと、20年かけて理解した。

それと、前述と少し矛盾するようだけど、
自分で思うほど周りは私に期待をかけていないということ。
私は言葉を額面通りに受け取ってしまうから、
私に何か優れたことを期待しているのだと思い込んできた。
相手の何気ない一言をずっとずっと真に受けて、
その「期待」にそわなければとくそ真面目に考えてきた。
人は必ずしも言葉通りに期待しているわけではない。
これも20年かけてやっと理解したことの1つ。


与える印象と実際の能力の差が埋められず、
なかなか期待に応えられないことに落ち込む。
いつか見限られるかもしれないとビクビクする。

ただの社交辞令を、決まり文句を鵜呑みにしていたが、
いざ蓋を開けてみれば自分に期待してたのは自分だけ。
発言した張本人は私に特別を求めているわけではない。


そんな中、お母さんだけはいつでも本気で期待してくれた。
お母さんも私と同じく冗談の類があまり好きではなく、
期待していないことには「期待」を口にしなかったから、
本当のところはわからないが少なくとも私はそう思っていたから、
安心して「期待」を背負った。誇りを持って期待された。
実際の能力や言葉の重さは違うと知ってからも頑張れた。
つまり私の原動力だった。


でも、私に一番「期待」してくれた人のいない今。
こうなって初めて、私は本当に普通の人なのだと、
期待されないと向上心も持てない自堕落なのだと思い知る。
今まで掲げてきた目標も必死で守ってきた見栄も、
誰かの期待が無ければ維持出来ない。
ただ期待に応えたいだけの、主体性の無い人。

もちろん「頭一つ飛び抜けて優秀でありたい」のは本心で、
それに向けてある程度の努力は惜しまないが、それだけだ。
大人になって「諦め」を学んだと言えなくもないが、
それを甘んじて受け入れているのは期待されていないから。
私が特に飛躍しなくたって、むしろ落ちたとしたって、
「なんだ、期待外れだな」と思われないのであれば、
頑張ることへのモチベーションが上がらない。


あぁ、最低な気分だなぁ。
普通以下と思われること自体は受け入れ難いが、
自分のためだけに優秀を保てるような気概はない。

このままそこそこで満足する自分に成り下がるが先か、
自分のために一念発起して奮い立つが先か……。



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