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2015.11.29

臆病者

びっくりするほどenjoyできてない日々だけど、
もしや別に今に始まったことじゃないのかな。


高校の時は毎日充実してた気になってるだけ?
実際は課題と部活と受験勉強に追われてただけ?
いや、何かすることがあるだけで充実してるようなもんだけど。
すっごく楽しいことばっかりだったかといえばそうじゃない。

うーん、それでも何かしら思い出ができてるのは、
過去が美化されてるってだけが理由じゃない気がする。


じゃあ、大学生活に夢見すぎだっただけ?
周りが楽しそうに見えすぎるだけ?
浪人1年間はやっぱり堪えてたみたいだし、
ずっと1人で、みんなが楽しそうなのが羨ましすぎて、
過度な期待をしてたのかもしれない。

……確かにそういう部分もあるだろうけど。
それに、大学生になったら何か変わる気がしてたのは事実。
そりゃ自分が意識しなければ、ノリ良くもならないし、
自分から話しかけるようにもならないし、
変な意地やこだわりから抜け出すこともできないよね。


なーんて。


小さくて狭くて窮屈な世界。
そうしてるのは自分。

都会に出たい、広い世界へ行きたい、って?
今の私がどこへ行ったって、同じじゃないの。
それに、今更。決めたのは私でしょう。
ああ、もしも……とか、くだらない「もしも」を考えないでよ。


結局、新しい世界へ飛び込む勇気がないだけなんだから。



2015.11.26

自分像

スラリと細い足腰、綺麗な肌、真っ直ぐに下りる前髪…
自分を理想に近づけようとしても、立ちはだかるもの
少し頑張ったところでどうにもならないし、
あまり向き合いたくないところだから、
つい目を背けて疎かにしてしまう。

女性らしいラインの上半身、小さい顔や足、綺麗な手、茶色がかった髪…
自分を着飾ろうと思えばアピールポイントはある。
普段なんとも思ってないけど、これらが羨ましい人もいるんだろうな。
これらを上手に活かせる人もいるんだろうな。


ただの無いものねだり?
どうもそういう問題ではないみたいなんだよね。
ちゃんと好きになれたらなぁ。
諦められたらなぁ。受け入れることができたらなぁ。

自分が「かわいくありたい」と思うことを、
気持ち悪いこととしてブレーキをかけてしまう。
理由はわからない。いつからそうだったのかもわからない。
かっこよくありたい、強くありたい、とは、すんなり思えるのに。
心のどこかで「可愛く(美しく)なりたい」と思っている自分を否定したくなる。
というか否定してる。拒否してる。
実際、いかにもレディースみたいな服を着ると、
心身ともにいたたまれなくなって、着替えてしまう。
前までは「可愛い服を着てみたい症候群」に時々襲われたけど、
毎回毎回着たり買ったりしては後悔の繰り返しだから、
最近はもうほぼ思わなくなったし、思っても着ない。


なんでだろう、本当に、謎で仕方ない。
自分を拒んで受け入れられないなんて、
まだまだオコサマ思考ってことなのかなぁ……。


2015.11.22

無痛

腹痛と頭痛と少しの吐き気。
腹痛はまだ最悪状態一歩手前って感じだったけど、
併発した頭痛とのダブルアタックに耐えきれず、薬サマサマ。
飲んでから20分ちょっと、今はかなりラク。
少々吐き気が増した気はするけど我慢できる範囲。

ああ、あんなに苦しかったのが嘘のようだ……。


どんな薬であれ、依存してしまう人の気持ちはわからなくもない。
痛みや苦しみが大きければ大きいほど、
解放された時の喜びや安堵も大きい。
正直、幸せを感じてしまうくらいには。
″早く、早く効いて、解放して下さい″
なんていう思いが頭を占める。
薬を飲む直前の私はこんな感じ(苦笑)

もちろん、本当に耐えきれなかった時にしか飲まない。
しばらく(1時間〜数時間)は我慢して、それでもダメだった時だけ。
薬に頼りすぎたり、耐性がついたりするのはやっぱり怖いからね。
だから今回も、ネットでだけどものすごく調べて、
「しっかりと用法を守っていれば、耐性がつくことはほぼない」
というのを確認してから服用。
まあ、言うて私は月に1回服用するかしないかくらいだけど。


依存はダメだ。悪用もダメだ。どんなものでも状況でも。
万能薬は諸刃の剣、行き過ぎれば自身を滅ぼす。
でも、きちんとルールを守り、安全な範囲ならば、
無駄に悶え苦しむ必要はないよね。
そのための、医学の進歩なんだから。


『無痛』というドラマ。
もしも、完全に痛みを抑えるカラクリがあるなら、
それを誰にでも実現する方法があるなら、欲しい。
何に対しても痛みを感じなくていいとかいう話ではなく。
痛みは体の危険信号、完全に断ち切っていいわけがない。
たとえば苦しんでも苦しまなくても同じ日に死んでしまうのなら、
私はラクでいたいなぁ、ということ。
まあ、これは考え方の違いも多々あるだろうから、ぼんやりとね。
私もハッキリと境界線は引けないし。
ただ、痛みを感じ続けるだけが、我慢し苦しみ続けるだけが、
「生きている証」だとは思わない。



2015.11.21

一歩

高校の時、運動部を選んだ理由の1つに、
その高校の名を背負いたかったからというのがある。
背中に高校名の入った揃いのジャージ。
選手の横に高校名の記入された対戦表。
高校名を名乗ること、高校を代表すること。
「私が、私たちが、○高だ」

大会に限らず、高校名を口に出す瞬間が好き。
これが『誇り』なのかもしれないと最近思う。
たとえ、過去の栄光だったとしても。


高校は第一志望だったからまぁ当たり前だろうけど、
他の高校が羨ましいとか、そっちに行けばよかったとか、
そういった類のことは一切考えたことがなかった。
あの憧れの高校へ行くのは当然だと思っていたし、
今考えても、それがベストで、次点以下はない。

最初の頃は、正門、駐輪場、昇降口、階段、渡り廊下、教室……
その高校のすべての場所が素敵に見えた。
そこに自分が存在していることが、嬉しくてしかたなかった。
長い通学路にうんざりすることはあっても、
あの高校へ通いたくないとは絶対に思わなかった。



ここでは、名を背負う決心がつかなかったから、
運動部はおろかサークルにさえ所属しかねてしまった。
傍から見れば、くだらないプライドだろうね。
何をそんなことにこだわっているんだと、
いつまでうじうじ引っ張っているんだと。
私もそう思う。でもこれはたぶん、完全には消えない。
だから今でも、相変わらずここを否定・比較してしまう。
未だに、大学名を口に出すことにためらいがある。
時々、面倒だとかそういう理由ではなく、
ここにいたくないと思う時もある。
『誇り』……と言われると、逃げ出したくなる。


それでも、ここの秋の美しい景色を見て、
薄暗い気持ちなど何一つなく単純に「綺麗だ」と思えたことは、
ちょっと前に進めた証拠だと思う。

大学生活は、きっと、楽しいものだよね。
頑張ろう。

2015.11.18

糖度高め

人に冷たくあたったり、ちょっと意地悪したりしては、
毎度毎度、罪悪感が拭えなくて後悔する。

そんなこと思うくらいなら、ずっと優しく接すればいいのに。
……というわけにもいかず(苦笑)


根っからのチキンだからなぁ。
「いいよ別に!気にしないで!」とは言わないけど、
ちゃっかり『次』を用意しちゃったり。
絶対許さぬおこであるとか思ってても結局流されてる。


別に冷酷無比になりたいわけじゃないけど、
何だかんだ甘すぎなんじゃないかな〜。
自分にも、他人にも。


2015.11.02

空虚

暴飲暴食してしまいたい。できないけどね。
そんなに食べられないし飲めないし。
でもなんか無駄に食欲だけが強いこの頃。
まあ実際にはいつもと変わらない量しか摂取しないけど。

何かにすごく八つ当たりしたい。
具体的に言ってしまえば物理的に壊したい。
それで気が晴れないことはわかってるけど。
むしろ罪悪感とかに苛まれそうだからやらないけど。


もう、なんなんだろうなぁこれは。
どうやったら、何をしたら、この鬱々苛々は消えるの。
どこか旅行すれば消えるの?誰かと遊べば消えるの?
それともちゃんと勉強すれば消えるの?
あー、どれも、気力持たせられない。
何もしたくない。何かしたい。動きたくない。動きたい。
一種のうつ病なのでは?とかたまに本気で思うけど、少なくともこうやってウダウダ書き連ねていられるうちは違うんだろうね。

時間も体力もお金もあるのに、今しかないのに、
何故か塞ぎ込んでる自分に泣けてくる。


誰かと何かと関わりたい。
誰かと何かと関わるのは面倒くさい。
自分をもっと開放したい。
他人をシャットアウトしたい。

ウソではない。全部、本心。


自分でどうにかしなきゃいけないって、
自分にしかどうにもできないってわかってるけど、
本当にどうしようもない。どうしよう。
教科書もない。参考書もない。取扱説明書もない。
ねぇ、どうしよう。


ああ、何もしたくない。

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