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2015.10.26

髪が伸びてくると、切るのを少し躊躇してしまう。
ロングの時はそこまで何も思わなかったのに、
ショートにしてから、髪を切るのが惜しいと思うようになった。
でも切った後はスッキリするし、後悔はしないんだけどね。

ちょっとした仮説は自分の中であるけど、
こう思う心理がここ1年半くらいの謎。
みんなそこそこ思うもんなのかな。

2015.10.25

10月25日

10月25日0時00分……

この日を迎えるのは、今回で20回目。

誕生日おめでとう、私。

今日は、晴れるといいね。

2015.10.24

ラストティーン

明日になろうが私は私なはずなのに、
何か、今日とはとてつもなく違う自分になるような……


19年と364日目。


人生を100年としたら、5分の1。
だけどとても凝縮された20年間。
やっぱり、「いつも」とは違うよね。
大きな節目だ。

もう誕生日にはしゃぐ歳でもないか……って思ってたけど、
ちょっとだけ、いやかなり、そわそわしてるかも(笑)

2015.10.23

武器としての

「勉強ができる」というアピールポイントは、
小学校、中学校、高校、大学と、
段階を踏むごとに、その効力を失っていった。
小学校でトップ3だったものが、中学ではトップ15、
高校では上の下から中の上、大学では平均……以下かもしれない。
それは私がそういう選択を続けてきたからなのだけれど。
鶏口になろうと思えば、望めば、なれる機会は多分にあったから。


して、ここにきて気付く、人を惹き付けるものの無さ。
別に今まで成績の良さをウリにしてたわけでもないし、
みんながそんな理由でそばにいてくれたわけじゃないこともわかってる。
というか、人を呼び寄せられるほど自分は勉強ができるヤツだなんて思い上がってはいない。

でも、学業はステータスだ。
学業に限らず、人より秀でていることは自信になる。
自信がないと、臆病になる。……あくまで私は。

勉強の意義がずっと、私にとっては見栄を張るためだとしたら、
そのおかげで堂々としていられたのだとしたら。
このいつまでも空っぽのような気持ちにも説明がつく。

武器がないから、自分を押し込めてしまう。
認めたくないから、周りを遠ざけてしまう。
知られたくないから、隠れてしまう。

じゃあ、また手に入れるしかないよね。
ここが本当に欲しかった場所であろうがなかろうが、
「ここ」にいる限り、学業に関する優劣は続く。
逆に考えれば、一番手っ取り早い手段なんだ。
もちろん高校までと違って、学業以外も重視されてるし、
むしろそういう面の方が大切だったりするんだろうけど、
わかりやすく、目に見える形で自信をもつには、
とりあえず……勉強を頑張るしかない、私には。


いっつも理由がこんなふうに不純だから、
毎度毎度進路に悩まされてるんだろうな。
本来の「勉強」のもつ意味とはズレてるかもしれない。
でも今は、何でもいいから、理由が欲しい。



2015.10.19

人の痛み

デリケートな話になりますが、私はたぶん、生理痛が軽い方ではない。
高2くらいまでは痛みとか全然感じなかったのに、
それくらいから徐々に鈍痛が伴ってきて、
毎回程度は違えどここ1年くらい結構ツライ。
ひどい時はどれほどリラックスした体勢であっても発狂したくなる。
とてもじゃないけど薬を飲まないと苦しすぎる。
起きてることも寝ることもできない。
たまに頭痛も誘発されるし、薬を飲んでも吐き気は残る。
あと予兆として胸が張る時があるけど、これも割と痛い。
それでも薬を飲めばなんとかなるレベルだから、
重いとは言えない。たぶんもっとひどい人もたくさんいる。


「それを理由に(仕事を)休むなんて有り得ない」
世間ではまだまだこの認識がほとんどだと思う。
というか、これを覆すのはおそらく不可能だ。
制度的に取り入れられたとしても、理解はされない。
男社会だからとかじゃなくて、所詮人の痛みなんてわからないから。
特にこの場合、痛みの程度は人それぞれ。
例えば、理由を明示して休みたいと伝えた時、

「どうしても我慢できないの?それくらいのこと」
「〇〇さんは平気なんだし、甘えてんじゃない?」
「全く、少しは〇〇さんを見習いなさい」

なんて会話は、男女関係なく起こりうる。
女性でも軽い人からしたら「その程度のこと」。
正直私も数年前までは理解してなかったしね。


だけど実際は、本当に耐えれない時がある。
ダラダラと寝転んでることすらできないのに、
大人しく座ってるどころか作業なんて手につかない。
薬を飲んでも治まらない人は尚更ツライと思う。
だから絶対、周りの「理解」は必要なんじゃないかな。
痛みを理解してくれとは言わない。無理だから。
でも、それくらい辛い人もいるってことは理解してほしい。
人の痛みを、軽視してはいけない。


……なんて話を、本当はしたくないんだけど。
まずこの話題に触れることが好きじゃない。
日本の風潮的にも、私個人の問題的にも。
でも言わなきゃ伝わらないからね。
伝えなきゃ知ってもらえないからね。
向き合っていかなきゃならないところ、
いい加減、目をそらしてはいられない。


まあ、もしこれで休みの理由が成り立ったら、
ますます女性の雇用は減るかもしれないけど。
どこまでも分かり合えないから、絶対不平不満が出る。
本音を言うと、私自身、痛みを感じてない時は、
心のどこかで逆サイドの考えをしてしまう。


人の痛み……答えなんて出ないよなあ……。



2015.10.16

どのような教師になりたいですか?

約20年間、教師になることなんて考えてなかったから、結構悩む。

理想かぁ……特に憧れるような先生はいなかったな。
絶対見習いたくない先生ならいたけどね。
うーん、それを反面教師にして書けばいいのか。


「ちゃんと生徒を応援してくれる人」かな……。
ふふ、実は根に持ってるよ。珍しく嫌いになるくらい。
受験2回目の年末なんていう切羽詰まった時にあれだもん。
もちろん受験を誰かのせいにするつもりはないけど、
少なくとも彼女のような教師にはなりたくないね。


農学、心理、情報、教育、経済……
毎回毎回、進路決定の時に思う。
「この選択はただの逃げなんじゃないのか」
ものすごく興味のある分野が定まらなくて、
ちょっと嫌になっては他のを探す。
でも、フラフラしながらも、そろそろ逃げられないところまで。


もし、教師になるとしたら?
しっかりと、生徒たちの進路に関心を持って、
応援して、見届けられるような、そんな感じ。
もちろん高校の時点での進路なんてのちのち後悔したりすることもあるだろうけど、せめて入る時くらいは、迷わず胸を張って目指してほしいかな。



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